ねぇの部屋
ねぇの独り言。
勝手なことも言っちゃうと思いますが・・・堪忍な。
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2005年1月31日
バチバチッ☆≡
Arryがこたつから出てくる時に静電気を撒き散らします。
そりゃあもぅ半端やないっす。
こたつで暖まっているであろうArryの背を撫でようものなら、その被毛に指が触れた瞬間…バチッ☆≡と。ひょえ!

私もイタイが、Arryもイタイらしい(当たり前か・苦笑)。背中の毛が逆立ち、背中を低くする。もちろん、真ん丸眼になって「何が起きたの!?」という顔をし、一瞬固まっています^^;
だからなのか、こたつから出てくる時は、ゆっくり慎重。しかし、そんな怖々出てくるArryの気も知らず、毎度『バチッ☆≡バシッ☆≡』と放電しています(- -;)

TOMMYも帯電させるが、Arry程ではない。
甘えてくるので(ぅう嬉しい♪)体を撫で回していると(へへっ)バシッ☆≡とくる(涙)。
やはり、TOMMYもびっくり顔w(゚o゚)wになります。

こんな状態の中、一人平気な顔をしているのがKerry…。
一番帯電しやすそうな被毛(長くてふさふさ)をしているのに…。
ブラッシングをしていると、成る程、静電気を起こしているのは判るのだが、電気は飛ばない。ごく普通に摩擦による電気を起こし、漉いた毛がぶわ〜っと広がる程度。抱いても撫でても『バチッ☆≡』は無いのです。
不思議…。

静電気…空気が乾燥しやすい冬場は、仕方ない事と解ってはいるけれど…油断大敵!『バチバチッ☆≡』はイタイんやもん(>_<)
2005年1月22日
恥ずっ。
先日、TOMMYとArryを連れてたかはし動物病院へ行った時の事。
高橋先生から思いがけない一言…。

「年賀状有り難う」
なんちゃって喪中のくせに年賀状は出していたアタシ(^^ゞ
「ホームページ、自分で作ったの?」
え!?は、はい。
「暇有るのん?」
ま、真夜中にこっそり…(何故か大汗;)
「だろうね」
あはは(^^ゞで、では失礼します。

はぁ、びっくりした(-.-;)
ん?て事は先生、私のホムペを見たって事かい!?
勝手にリンクページに載せたのん、ばればれ!?あ、いや、確かリンクフリーやったはず…。

この『ねぇの部屋』には、度々ご登場頂いているってのに…あぁ恥ずかしい(>_<)

けど、先生。これからも宜しくお願い致しますね♪
気が向いたら、いつでもお越し下さいませ☆
2005年1月17日
10年目
私は、大阪生まれ・大阪育ちですが、「阪神淡路大震災」を経験(体験)していません。
当時、山口・下関に住んでいたからです。

1995年1月17日。
その第一報を聞いたのは、当時住んでいた自宅のテレビニュース。いつものように朝食を摂りながら朝のニュースを観ている時でした。

『兵庫県・大阪府の広範囲で今朝6時頃、地震がありました』
というテロップ。

あら、珍しいなぁくらいで、特に気にも留めずに出勤した。

第二報は、勤めていた会社の事務所で。
10時頃だったように記憶しているが、事務所の3階(社長の自宅)から社長が駆け下りてきて、
「宮本さん(当時の名字)!大変や!!大阪が!神戸が!!」
「とにかく、なんでもいいからテレビ観てみなさい!!」

事務所の2階にあるテレビをつけると、そこに映っていたのは・・・!

直ぐに事務所の近くにある公衆電話から(回線が混んでいる時は、公衆電話の方が繋がりやすいと聞いた事があったので)、実家に電話を入れると、母が出て、
「この辺は大したことないで。揺れは酷かったけど、何ともないし、みんな大丈夫やで」
「さっきから電話が鳴りっぱなしなんや。夜にでも、こっちから掛けるから」
と云って、切られてしまった・・・(- -;)

この後、大阪・兵庫に住む親戚や友人にも電話を掛けたのだが、もう繋がらなくなってしまった。

直ぐにでも帰阪したかったのだが、周りの人達の猛反対にあってしまった。
それどころか、実家の両親にも
「あんたが来たって、何もならへんし、逆に邪魔になるだけやで。それに、タダでさえ交通網が寸断されているのに、だいたい来られへんって。兄ちゃんが居るから大丈夫やで」
そうは云っても・・・もう、心配で心配で、堪らなかった(T_T)

あれから10年。
家の壁に少しだがヒビの入った兄の家は、子供達の大暴れにも負けずに立派に建っている。
屋根瓦が崩れた兵庫・尼崎の家に住んでいる叔母は、昔のままの暮らしを続けている。
電気・ガスが止まり、兄がバイクでテーブルコンロや食料を届けた兵庫・川西の叔父の家は、子供達が結婚・独立し、孫達に囲まれて、楽しそうに暮らしている。
同じく電気・ガスの復旧が遅れ、更に子供のPTSDを心配していた友人は、逞しいお母さんになっている。
神戸市内のマンションに住んでいた従姉妹も、一時ご主人の転勤で神戸を離れていたが、昨年神戸に帰ってきた。

幸いな事に、私の身近な人達は皆無事で、震災以前の暮らしを取り戻すのも早かった。
しかしながら、犠牲になってしまった人々、命は助かったものの怪我をされた人々、震災の記憶に苦るしんでいらっしゃる方、元の暮らしを取り戻せずにいる方等々、未だに多くの方々がその苦しみ・哀しみを抱えていらっしゃる。

「復興」「復興」と云うけれども、何を以てして「復興」と云うのだろうか?
「街の復興(見た目)」「生活の復興(基盤)」「心の復興(癒し)」
これ以外にもあるのでしょうが、私は、これら3つが揃って初めて「復興した」と云えるのではないかと思う。

本当の(あらゆる)意味での「復興」を祈った、10年目でした。
2005年1月16日
運転
最近、調子が悪い。
どうも、車の運転に集中できていないようだ…。

ブレーキを踏む時に、後ろを見ていない。停まってから、思い出して確認する。
信号が青に変わり「あ、変わったわ」と思いつつ発進しないでぼ〜っとしている。(後続車にクラクションを鳴らされる前に発進しているけどね)
かと思えば、黄色に変わる時はしっかり停まる。(この時はちゃんと後続車の確認をしている)
いけないのが、赤の時。
なんと!見落とすのだ(-.-;)
『赤信号を』ではなく『信号機を』…。
大きな交差点なら大丈夫なのだが、生活道路に有るような小さな交差点で。(よけいに危ないっちゅうねん!)
交差点に差し掛かって「あっ!」と急ブレーキ。

注意散漫になっている事は自覚しているので、乗車時に「行くで!」と気合いは入れてみるのだが…。

このままでは、近い将来、事故を起こし兼ねない(-.-;)
かと云って、車は私の足代わり。今まで以上に気合いを入れ、意識して運転に集中するしかないか。
くれぐれも事故だけは起こさないように…。
2005年1月10日A
納骨
Keiの納骨を済ませてきた。
簡単に回向をして頂いて、合同慰霊碑の裏に納めるのだが、納める前に遺骨を見せて下さった。
結構しっかりと形が残っていた。
Daiの時は殆どが崩れていたのだが、Keiは頭蓋骨・顎・背骨・四肢、更には犬歯等の歯までもはっきりと判別できた。 年の割に骨が丈夫だったと云う事か。はたまた…。
喉仏を確認し、納めた。
頭蓋骨は、私に納めさせて下さった。
本心を云えば、犬歯は持ち帰りたかった…。
ま、持ち帰ってどないすると云う事もないのだが(^_^;)

これで、次からは合同慰霊碑へのお参りとなる。
Daiと共にKeiの冥福も祈っていこう。
そして…Dai・Kei、私達の事をず〜っと見守っていてね。
いつまでも、愛してるよ。
2005年1月10日@
今日は何の日?
「成人の日」
昨年、この話題で燃えちゃいました^^;

「10日戎」
明日、気が向いたら「残り福」を頂きに行こうかしら^^;

そして、Keiの「納骨」の日。
小さな骨壺に収められていたKeiの遺骨を合同慰霊碑の裏にある合同納骨堂に移すのです。
骨壺から、喉仏(いたちにも有るんです!!)を取り出して、私に見せてくれます。
そして、納骨口から乾いた音を立てて、遺骨をお堂に入れます。
ばらばらっとね。先に収められている遺骨達の上に落とし入れる。
「えっ!?」と思わないでもないが「合同」なので致し方ないか^^;
もちろん「個別」に墓碑を建て、納骨する事も可能だが・・・。
私は「合同」で充分だと思っている。
本当は、山の中で土に埋めたいのだが、いつ掘り返されるかわからない山中に埋めるのはちょっと・・・。
散骨もいいが、自分で遺骨に手を加える(砕く)なんて出来ない(><)

他の遺骨と共に、長い年月を経て、土に帰る。
それも、寂しくなくて良いかもしれない。
Daiも同じ場所に居ることだしね。

Daiに宜しく♪
また以前のようにじゃれ合って遊んだり、くっついて眠ったり出来るね。
ねぇん家より、もっと沢山の仲間が居るよ。
Keiの友好的な(?)性格を生かして、みんなと仲良くね。
時々、逢いに来るね。
2005年1月3日
ブログ
何を血迷ったか『ブログ』なんぞを始めてみた。
「ウェブ上の公開日記」くらいの認識しかないくせに・・・
しかも日記なら、ここ「ねぇの部屋」があるっちゅうのに^^;

きっかけは、連れの小川直輝さんに勧められたことにある。
彼は自己表現の場として、昨年から『ブログ』を書き始めていて、その便利さ(使い勝手の良さ)を事ある毎に私に力説してくれた。

「ホームページ(HTML等)の知識が無くても簡単に始められるよ」
「更新なんか、すっごく簡単に出来るよ」
「携帯からでも更新出来るよ」
「より大勢の人の目に止まるはず」
「今や、時代は『ブログ』だよ」
等々・・・。

日々の忙しさにかまけて、生返事をしていたのだが、年も改まり、何かを始めようと考えた時に、
「せや!ブログでも始めてみよっかな♪」
と、お気楽な(そして安易な)気持ちで、ブログサイトに登録した。
・・・いや、登録しちゃった、と云うべきか・・・?(爆)

しかし・・・
「コメント」は解るとして、「トラックバック・Track Back」(略称「トラバ」)の意味・用法・利点・不利点がイマイチよぅ解らん。
何度聞いても、調べてみても・・・(- -;)

ま、いっか。
と、いつものノリで取りあえず始めてみる事にした。
もちろん「ねぇの部屋」とは、内容(話題)を変えて。
(・・・自信はないが^^; 話題がかぶったら堪忍な^^;)

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